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第13話 大鏡

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    中国の大学に留学した時の話。私の母校は中国のとある大学と提携していて、毎年夏休み中の一ヶ月程度の期間、語学留学生派遣の制度があった。語学が好きだった私も応募し、約30人の学生と一緒に留学に参加した。  船旅で3泊4日、やっとの思いで中国に到着し、様々な手続きを経て、現地の大学が手配した留学生寮に着いた。寮は男女別の棟に分かれていて、それぞれが荷物を部屋に置いてから共同の食堂に集まった。  食堂では、今後のオリエンテーションが予定されている。少し遅れて私も食堂に行ってみると、何だか雰囲気がおかしい。ひそひそと小声で何か話しづらいことをみんなで話しているようだ。  もちろん気になるので、何があったのと友人に聞いてみた。友人の話はこうだった。「学生寮の玄関に大きな鏡があったでしょ。女子棟も同じ作りらしいんだけど、ある女の子がその大鏡を見た瞬間に悲鳴を上げて、私この建物には入れない!って泣きながら言い出して…ちょっとした騒ぎだったらしいよ。」  結局、彼女は別棟に部屋を取ってもらうことになったのだが、最後まで一体何を見たのか、皆が聞いても首を横に振るだけで、口にしなかったらしい。口に出すことさえ憚られるモノ。彼女は何を見てしまったのだろうか。

第12話 ヒールの音

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    独身の頃。私は、およそ3年に1回は賃貸物件を、引っ越ししていた。5、6軒は引っ越ししただろうか。転勤などで仕方のないこともあったが、主な原因の一つには、上階の生活音があった。  ドスドスと歩く音や、壁をドンドン叩く音が気になったこともあったが、大抵の物件で我慢できなかったのが、夜中にコツコツと響くヒールの音だ。何処に引っ越しても一緒。夜中の2、3時に上の階では、部屋の中をコツコツと歩いているのだ。上階も同じ間取りだと思うのだが、夜中に寝室をコツコツと何周もしている。どの物件でも、管理会社にクレームを入れても効果は無し。毎晩真夜中に起こされてしまう。最終的には、諦めて、引っ越ししてしまうのだ。しかし、ヒールの音は、引っ越し先についてくる。  一度、妹が夜遅くまで私の家にいた時、いつものようにヒールの音が響いてきて、吃驚されたことがある。「何の音!」「明らかに上の階だよね!」「こんなに大きい音だったんだ!」私が神経質なだけと思った事もあったが、他の人も驚く程の音のようだ。  結局、ヒールの音は、結婚して一軒家に引っ越すと、やっと、ついてくるのを諦めたらしい。

第11話 ため息

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    昨日のことである。病院で働いている妻が体験した話。妻はいつものように、病院のゴミ集積所に廃棄物を出しに行った。ゴミ集積所の隣には、やすらぎの間、つまり霊安室があり、二つの施設の外への出入り口は共用になっている。  妻が廃棄物を分別していると、大きな音で「はぁ〜」とお婆さんのため息が、はっきりと聞こえた。病室の患者がつく、ため息の声とよく似ていたので、誰かいるのかと思い、あたりを見回したが、誰もいない。  今でこそだれもいないが、その日は3人の方のお見送りがあった日だったので、つい先ほどまで遺族や看護師、業者などでばたばたしていた空間だ。見送られる側もやっと一息ついたのかもしれない。  こういうこともあるものだな、と妻は妙に納得して、淡々と私に話しをしてくれた。

第10話 およげ!たいやきくん

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    3歳くらいの記憶。集合住宅に住んでいた頃。母は家事の合間に、同じアパートの奥さん方と井戸端会議をするのが日課だった。母が外に出る時、玄関の外側から鍵をかけていた。鍵の開け方がわからなかった私は、そうすることによって毎日家に閉じ込められていた。井戸端会議には私が邪魔だったのだろう。  その日も外側から鍵をかけられ、私は家に閉じ込められていた。家の中で退屈にしていると、なんと、冷蔵庫の下からずるずると人影が出てくる。よく見るとその頃流行っていた、「およげ!たいやきくん」を歌っている、子門真人が出てきたのだった。  子門真人は、親切にも玄関の内鍵を開けてくれた。そして鍵の開け方も教えてくれた。私は大喜びで外に出て、母のところに行って、今の出来事を話した。  母は、もちろん子門真人の話は信じなかったのだが、私が外に出てきたことにびっくりしていたようだった。母は玄関の鍵の開け閉めを私に見えないように、体で隠していたからだ。  今考えれば子門真人の事は夢だったのかもしれない。ただ、次の日から私は自由に外に出ることができるようになったのは事実だし、母もそのことについてはとても不思議がっていた。

第9話 X’mas

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    第6話 昭和50年  の続きの話。今度は同じデパートの内での記憶だ。「さよならセール」と垂れ幕があっただけあって、デパート内も年の瀬の雰囲気だ。  エスカレーターに乗っていると見えてくるディスプレイの中に「x’mas」の文字がある。それを「ちゃんと読めた」私は、わざと母に対して「バツマスってなーに?」と聞くのだ。母はそれに対して、「あれはクリスマスって読むんだよ」と普通に返事をしている。そんな記憶だ。  第6話の時にもお話ししたが、その時私は1歳。1歳の子どもが、こんなふうに冗談を交えた受け答えをするものなのだろうか。不思議な話である。